新宿区商店会連合会
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「新宿の坂道紀行  赤城坂

  神楽坂通りを西へ歩き、東西線神楽坂駅手前の道を右にそれると、赤城神社がある。そう広くない境内へ分け入れば、左手西わきに急な階段がある。それを下ると四叉路、うち北へと下る坂が赤城坂だ。道幅四.二メートル、傾斜角九.五度の坂上に立つ標柱に、「赤城神社のそばにあるのでこの名がある。『東京名所圖絵』によれば、「……峻悪にして車通ずべからず……」とあり、かなりきつい坂だった当時の様子がしのばれる。」とある。
  赤城神社宮司夫人であり、境内にある赤城幼稚園の園長先生でもある人にお話を伺った。
 「もとは群馬県の赤城にあった社殿がまず早稲田に、それからここへ移されました。戦災でこのあたりも焼け野原、今の社殿は戦後再建されたものですし、落雷で大きな穴のあいた大銀杏があったんですが、やはり戦火にやられました。巨大なやけぼっくいになった大銀杏のずっとむこうに富士山が見えて、それはきれいでした。戦前のことはよく知りませんが、今幼稚園があるあのあたりに清風亭という料亭があって、坪内逍遥が新劇運動の場に利用したとか。のち下宿屋になって、近松秋江や片上昇が寄宿したそうです」
  さぞかし幽趣があったであろうもはや幻の大銀杏わきの急な階段を下って赤城坂上に立てば、不足のないほど急坂だ。右へ左へ小さくカーブし、低きへと一心に流れ落ちる。南へ行く小径の両角に居酒屋と食べ物屋。西へ行く小径は民家が建てこむ。「戦前は風呂屋や商店がたくさんあったそうです」。これも赤城神社宮司夫人から伺っているが、文献によれば、江戸時代この坂上辺には岡場所があったらしい。牛に引かれて……、というあの善光寺の裏手にも岡場所があり、殿方はお参りのおりに遊んで帰ったとか聞いたことがあるけれど、いったいどのあたりだったろう。その場に佇んでいると、南側の小径から高齢のご夫婦が現われ、やおらゆるりと赤城坂を下りはじめた。滑り止めのためのぼこぼこにかえって足を取られやしないだろうかと心配しながら見守っていると、こんどは補助つき自転車に乗った幼い男の子とまだ若い母親がやってきた。男の子はきゃっきゃとはしゃぎ、母親はサドルのあたりをギュッと握ってスピードを制御しつつ、あっというまに老夫婦を追い抜き、こつ然と右へ吸われていった。まもなく老夫婦が左へ消えた。
  赤城神社の裏手は崖だ。切り通しのような崖下を縫い、赤城坂は神田川南岸の水道町で流れ止まる。

  長月遊

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