新宿区商店会連合会
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「新宿の坂道紀行  浄瑠璃坂 

 日当たり良好、最寄駅まで徒歩可・・なにやら優良不動産物件の案内のようであるが、浄瑠璃坂は、地下鉄市ケ谷5番出口をわずか北西へゆき、市谷砂土原町1丁目と2丁目のさかいをいよいよ北西へおし上る少し勾配の感じられる坂である。その古色蒼然とした坂名と、両側に建つ近代的マンションの雰囲気は、ミスマッチであるがゆえに土地の記憶に重層感を与え、魅力の一つとなっている。フランス系のビジネスマンの住居なども多く、今も高級な雰囲気がただよう。かつて元宇都宮藩奥平家の家老奥平隼人の屋敷も、この坂の途中にあった。
 寛文12年(1672)2月2日の明け方、総大将奥平源八(15才)は、41名を引きつれて屋敷になだれ入り、ついに牛込土橋付近で隼人(42才)を討ちとる。子が父の恨みを晴らしたわけであるが、父とは、やはり元宇都宮奥藩奥平家の家老であった内蔵充で、隼人とはいとこ同士である。およそ30年後の赤穂浪士の事件がおこるまでは、源八の美少年ぶりもあって、仇討ちといえば「浄瑠璃坂の仇討ち」を指すほど有名な事件であったという。当時仇討ちは、義を行うこととして人々の賞賛を得たのだ。坂名の由来は多く、近くに操り芝居小屋があってそこから浄瑠璃が漏れ聞こえてきたからとか、薬師瑠璃光如来を本尊とする寺があったからとか、その他、古浄瑠璃が六段形式で構成されていたところから、坂にあった水野家の屋敷が六段になって在ったこととひっかけた(屋敷のでき前から坂名はあったんだけど!)。いずれも調べると疑わしいらしい。横関英一氏は、もう一つの説、坂そのものが六段であったことによるというのが一番近いと、著書で述べている。とはいえ、瑠璃寺坂の別名はあるが、そういう坂によくあるような六段坂というのはない。 

(明森まつり) 

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