新宿区商店会連合会
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「新宿の坂道紀行  ユレイ坂

 「こちらがユレイ坂でございます。」と畏まるようにその標柱はある。外堀通りから牛込台に上る神楽坂、理科大の坂 そして次に続くのがここユレイ坂である。覗くように眼をやれば奥深く緩く弧を描いて傾斜は続き、人の背丈3倍はありそうな石積みの、さらに上に蔦が這う重厚な石塀。いったいどのような方がお住まいなのだろう。
 坂は異界をつなぐ境界線と言われるがまさにここはその様相を呈している。その意味で第一級の坂である。それもそのはず、この坂は将軍様に見初められた坂なのだ。名付け親は二代将軍秀忠公。なんと読めばよいか難しいこの名前、出所は遥か彼方中国南部の二省にまたがる大山脈の名に由来する。「大ユレイ」は「梅峰」とも呼ばれ、その最高地には北宋時代に北京と広州を結ぶ関所が置かれ「梅関」と言われたとか。梅の名所で多くの文人墨客がここの景色の美しさを称えて詩句を詠んでいる。泰平の世のなせる業か、将軍様も漢詩などを嗜んで、勉学に勤しむことができたのであろう。また、咲き誇る梅にこの世への想いを桃ならぬ梅の「桃源郷」に重ねたのか。この名を戴くほどに梅を愛でる場は今では見当たらない。が、坂を上りきると待っていたように現れる若宮神社。神社に梅はつきものだ。その頃は境内も広く梅が咲き乱れていたのだろうか。
 「祐玄坂」「若宮坂」「行人坂」、「幽霊坂」等の異名もあるこの坂、いかにも幽霊が出そうな古色蒼然たる佇まいを見せてはいるが、日曜日ともなると坂の途中にある在日大韓基督教会に出入りする人々の歓声が響く。江戸時代に名付けられた中国の名を持つこの坂に癒しを求めて上ってくる韓国の人々。こんな背景を持つ坂になるとは将軍様も想像できなかったろう。滝のように落ちる坂下の向こうにお濠端の桜並木が満開で、うす桃色の緞帳を透かして電車が往き来する。キーワード「梅・桃・桜」が織りなす春の坂である。

(井手のり子)

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