新宿区商店会連合会
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「新宿の坂道紀行   弁天坂           

 神楽坂上を左に折れて大久保通りを牛込中央通りの方に向うと、左手に寺がある。
「御府内八十八箇所之内・阿波国・平等寺模・第弐二番・弘法大師・天谷山・南蔵院」と石に刻んだ朱の文字が見える。
 第二次大戦で焼ける前の南蔵院には、弁天堂、聖天堂、阿弥陀堂、稲荷社、寺薬王院、書院と本堂と庫裏、絵馬堂、門番所などの建物があったという。残念なことに、坂名の由来となった、弁天堂は再建されていない。
 明治の初期に神仏を分けた際、稲荷は赤城神社に移され、弁天堂や聖天堂の前にあった鳥居も取り払われた。
 弁天堂にはご存知、あの天女の姿をした音楽、弁舌あるいは現世利益をつかさどる弁天様がおいでになるから、多くの人の信仰をあつめたであろう。明治のころの南蔵院前の弁天坂を描いたモノをみると、門の入り口には「あずきや」や「おでんや」のような店も描いてあって、女子供の行交う姿も多く、さんざめく物音が聞こえてきそうである。
 わたしは終戦の頃には埋められていたらしい、現在は境内の駐車場のあたりにあったという「弁天池」が気にかかった。
 御住職に捜していただいたモノに、埋めたてる前の弁天池の形が判明した。男性が二の腕の力拳自慢しているような輪郭が、読めた。腕の一番太いところに橋らしきものもかかっている。御住職の記憶も、鯉などの跳ねる小ぶりの美しい池であったようだ。「ひょっとしたら、小堀遠州の作かもしれないという人もいるのですよ」と御住職は付け加えた。なるほど、調べて見ると、正保四年(一六四七)に六九歳で没した小堀遠州の墓は、南蔵院の西方、新宿区原町の法身寺にあるという。地理的な条件は合いそうだが、時間的な条件は検証の必要がある。でも、誰の作だって、庶民の目を癒したにちがいないだろうかまわない。
 総じて弁天坂は、ゆったりとそして許容力のある、まるで弁天様の腕のような坂である。
 ついでに、南蔵院の左横、大江戸線牛込神楽坂の駅の脇からS字にクネって上がる元気の良い坂がある。何枚かの絵図を見ると大正十一年のモノには、細い道筋ができているし大久保通りには線路の印もあるから、その頃から、東京の一大改造がはじまったのだろうか。それにしても、名の無いこの坂は、まだ人格を与えられていないようでもったいない。
名付け親は、やっぱりご町内がいい。

明森まつり
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